トピックス



平成生まれのお客さん 平成生まれのお客さん

 京都文京大学の澤 翔太君。平成元年生まれの19歳。大学の同僚10名と海水浴を楽しみました。
 平成になる前に導入した顧客管理ソフトに平成生まれが登録できるのかどうか心配していましたが、よかった。ありました。いたやの顧客ファイルに初めて記載される平成生まれのお客さんになりました。
 「わたしの長男と同い年。嬉しいから心からのプレゼントや」と自家製の梅酒をプレゼント。同僚達と賑やかに記念撮影して帰路にたちました。

(2009年9月23日 )



「追っかけ」て若狭小浜 「追っかけ」て若狭小浜

 若狭路に春の観光シーズンが到来し、小浜湾の奇岩、洞窟を巡る遊覧船の運行安全を祈る「蘇洞門開き」が催され、大勢の招待客を乗せた遊覧船から金の大鍵と花束が海に投げ込まれました。
 遊覧船の一日船長に委嘱されたのは演歌歌手の山本智子さん。ご当地ソング「若狭恋唄」がコロンビアから発売され、小浜をPRする「御食国(みけつくに)大使」に任命されています。
 茨城県取手市の野口昌樹さんをはじめ、8名の「追っかけ」さんが早朝にチェックイン。朝食を済ませて足早に式典会場に出かけて行きました。ファンクラブ「夢ふくろう」の会員で、この日のイベントにあわせ全国各地から寄り集まった応援隊です。「今夜は福井でカラオケ教室でのイベントです」翌朝もさっそうと車に乗り込み「追っかけ」さんもなかなか忙しそうです。
 6月14日、隣の犬熊漁港で開催される「若狭小浜釣りまつり」でも熱唱いただけるようですので是非ともご来場ください。そして「若狭恋唄」応援よろしくお願いいたします。

(2009年4月22日 )



旅館のご主人 まみちゃん

 「こんにちわー」元気な子供の声で、お父さん、お母さんより先に玄関に入ってきた。「いらっしゃい、元気いいね」囲炉裏に案内してお茶請けを3人前出したが「私はこれがいいの」と専用ボトルでドリンクを口にしていた。
 愛知県豊田市のまみちゃんちゃん(4才8ケ月)。弟も誕生を過ぎたくらいで落ち着き、やっと実現した家族旅行という感じです。「これ、なにー?」小型水槽に入った梅の古株を指差し興味津々。「おじちゃんのおじいさんが残してくれた宝物や」古株は梅山から拾ってきたもので、全体が苔むし、シダなどいろんな植物が新しい命を育んでいる「前に水族館もあるよ」鯛やヒラメ、フグなどいっぱいの魚に歓声を上げていた。
 「子供が壊しそうなので」お部屋に案内すると置物や掛け軸をすべて押入れに仕舞った。やんちゃなお子さんを抱えたお母さんの配慮も行き届いている。
 2,3日後手紙が届いた。「おじちゃんに送って」と、お絵かきしてくれようで、バイバイ出来なかった事を気にしていたそうだ。しっかり見送れなかったこちらが恐縮してしまいましたが、思い出に残る家族旅行にしていただけたようです。

(2009年4月6日 )



リストラランナー リストラランナー

 今、小浜駅なんですけどどう行けばいいでしょうか」「駅を背にして真正面の道を真っ直ぐ10分です」到着予定の7時、10分前に電話がかかり安心して食事タイムに入った。
 「まだなんですけど」一時間たってもチェックインしてない電話で心配になってきた。今朝、畑に落ちた車を見たから尚更不安になる。数回電話を試みたがつながらず、8時半になって「到着しました。歩いて来たようです」お互いに言葉足らずでとんだパプニングになってしまいました。
 浅井隆弘さん51才。報道番組「バンキシャ」で東京マラソンの密着取材を受けた「リストラランナー」でした。給水地点で赤ちゃんを抱えお乳を与える「授乳ランナー」とともに、ランニング姿でハローワークを訪れる彼の姿を鮮明に覚えていました。
 近々面接があり就職も決まるようですが、今回山陰の方のマラソンに備えて、下関や松江を経て小浜に宿泊されました。「鯖街道も走ってみたいですね」と意気軒昂。しかし、小浜駅から6.5キロ、歩いてくるお客さんは未だかってございません。マラソンコースも大事でしょうが宿までの道のりしっかり下調べして欲しいものです。益々のご健闘をお祈りします。

(2009年4月3日 )



新たな門出 新たな門出

 「今日は披露宴なんです」名古屋市で認知症患者の施設を運営するグループホーム。周囲もうらやむほどの仲の良さで、職員やその家族、総勢22名に祝福されて愛の契りを交わしました。
 四年前にA男さん(79才)が、その二ヵ月後にB子さん(70才)が入所。ふと見ればいつも自然に寄り添う二人の姿が見られ、スタッフが茶化すと恥ずかしがってムキになる事もあったそうです。この一年、グッと親密度が増しお互いの気持ちを確かめあってのお披露目です。
 年をとっているので子供は無理です(笑)が「幸せになるように頑張ります」(本人談)
 ほほえましい二人の門出をスタッフも暖かく見守ってくれています。幾つになっても、どんな境遇になっても男と女。恋愛に年齢は関係ないようですね。

(2008年12月5日 )
新たな門出



グレアムとクーリス グレアムとクーリス

 京都から自転車でやってきたグレアム(43)とクーリス(42)。往路は鯖街道の朽木村を経て若狭小浜へ。復路は堀越峠を越えて周山街道。まだまだ残暑厳しい中、帰宅してもしばらくは動けないのではないでしょうか。心配します。
 ビール党のクーリスは小浜漁港の市場に着くやいなや、あまりの暑さに缶ビールをあおったそうです。「飲酒運転や!」「警察には内緒にして下さいよ」。
 在日15年、日本人の妻を射とめ遅まきながらも子宝に恵まれ、来年には生まれ故郷のカナダへ帰るそうです。「随分いろんな経験をさせていただきました」。異国での貴重な体験はこれからの人生に大きく生きてくるのでしょう。
 イギリス生まれのグレアムの奥さんは台湾人。四人集まったらいったい何語で喋るんだろうかといらん興味も湧いてきますが「ほったらかして来ました」二人とも奥さんを家に残しての自転車旅行です。「トラックが多くて走りにくかったです」旧街道ご案内できればのんびりと若狭小浜の良さを再認識いただけたのではと悔やまれました。

(2008年9月14日 )



企業戦士 企業戦士

 ど演歌の松下さん、シャンソンの東芝さん、ニューミュージックの三菱さん。ジャンルのまったく違う三人に「貸切ですから一緒にカラオケやりませんか」と誘われその気になってしまった。
メンバーに合わせて選曲するのは心得ているが、さすがジャンルが広すぎて戸惑いながらも意気投合、夜遅くまで酔いしれました。
脇を締めてこぶしを振りかざし力強く歌ったかと思ったら、女性を魅了さすような甘い声でシャンソン。直立不動、力が入りすぎて一番心配なのになぜか安全地帯のレパートリー。会社も違えばジャンルも違う奇妙なお三方でしたが最後は「青春時代」を大合唱して締めました。
企業戦士も定年を迎え、気の合う仲間で旅行三昧。今回、京都、長浜を経て4泊目だそうですが、ひょっとして家庭での居場所がないのかも知れません。

(2008年7月15日 )



赤松さんご一家 蛍のイルミネーション

 京都府下のAさんご夫妻と長男のF君(8歳)。「蛍が見たい」の言葉にプレッシャーを感じつつ、鎮守の森まで案内しました。
 十数年前、蛍が見られる所をと捜し求めましたが、わずかに2、3匹、谷深いところに見られました。以来、見たことも捜し求めたこともなかったので、果たして期待に応えることが出来るのかどうか不安一杯で歩き出しました。
 水と草むらが絶対条件ですので「まずはお宮さんだ」と200メートル歩いた所に無数の光。「いたいた」。F君より先に私の方が感嘆の声をあげてしまいました。蛍の乱舞です。手を差し伸べれば甲の上に止まります。田んぼの用水が流れ、都合よく笹薮がその用水に垂れかかっています。蛍にとっては非常に環境が良かったようで、竹笹に群がる100匹位の明かりを確認することが出来ました。まるでイルミネーションです。
 翌朝は「魚釣りに挑戦だ」と餌や仕掛け、準備万端、獲物を追いかけ防波堤へ出かけて行きました。山里と海の体験。一泊二日で満喫した大変欲張りな親子でした。

(2008年6月15日 )



桜庭さん
北海道は札幌市の桜庭和子さんは昭和9年生まれ。中学校の同級生二人を伴ってマイカーでやってまいりました。
 若い頃に北海道を一周したことがありますが、小樽から舞鶴まで32時間だったのが今では20時間のようです。それにしても元気一杯のおばあちゃんです。
 舞鶴港到着後ホテルで一泊。翌日は鳥取を経て島根県の温泉津温泉。中国道を走り有馬温泉。都合四泊目に当館を選んでいただけました。ひなびた漁村風景に感動し、「こんな穏やかな海は北海道にはございません」とご満悦でした。
 ご主人と一緒に着たかったようですが三年前に先立たれ、同じくご主人を亡くされた同級生二人とともに全国を駆け巡っているそうです。「第二の青春ですよ」「いい人いないかなと捜し求めているんです」。いやはや長生きしそうです。

(2007年10月16日 )
桜庭さん



桜庭さん
七年間、来館記録がないと会員名簿からの抹消になるのですが、思い出したように再度訪れていただける元会員さんが近年急増しています。

京都の板橋真弓さん。ひょっとしてと尋ねると「小学校の頃、毎年来ていたもんね」。お父さん、お母さんの顔はしっかり覚えていても、成人して立派な娘さんになった、当時の小学生、判るはずもありません。ご両親も仕事が忙しくみんなで出かけることもなくなったそうで、「彼氏か?」「そんなもんやないよ」とはいうものの、ボーイフレンドとのグループで海水浴を存分に楽しんでいただけたようです。
同じく京都の左近元義さんは「孫が出来たので」と八年ぶりのご来館。娘さんに子供が出来、元気なおじいちゃんぶりをいかんなく発揮。自ら車を操り、荷物の積み下ろしなど段取り役に徹し、かわいい孫との真夏の思い出づくりに励んでいました。
高校生、大学生ともなると子供が離れるのか親が離れるのか、家族全員で行動するのも難しくなり足が遠のきます。孫の誕生で家族の絆が一段と増すのか、大家族になって再びリピーターになっていただける。宿としてこれ以上喜ばしいことはありません。

(2007年 8月6日 )
左近さん



「結(ゆい)」
「結(ゆい)」

 本館の木造建築は昭和50年の建造で、当時、ひなびた漁村集落ならではの「結(ゆい)」の文化が色濃く残り、村中の人に手伝っていただき完成した建物です。
山の松や杉の切り出しから始まり、基礎のコンクリート打ち、建前、壁つけ等の作業の日は村中の人が応援に駆けつけてくれます。特に建前の日は振る舞いもあることから親戚一同も朝から作業着に着替えてお手伝いしてくれます。
五月の柔らかい日差しを浴びながらの棟上の様子です。二日掛かりの建前で、夕闇の中、盛大に餅撒きをして棟上げを祝いました。荒壁に天井なしの状態で夏の海水浴客を受け入れ、足掛け三年。昔ながらの田舎造りで、手間隙惜しまずコツコツと仕上げた屈強な本格派木造建築です。 

(2007年 7月21日 )
建前
棟上



「なんでも鑑定団」の安岡路洋先生
なんでも鑑定団

 TVでおなじみ、「なんでも鑑定団」の安岡路洋先生がフグ料理を食べにスタッフと共に来訪。展示蔵の存在を知り、自身も興味を抱かれたのか快く鑑定に応じていただけました。
まずは二階に案内し、ねずみに食われボロボロだった古文書を見てもらいました。判読する力はさすがで注釈には見向きもせず解説をしておられました。「下の美術品よりもわたしにとってはこちらの方が宝です」修復された文書にはくっきりと「板屋」の文字が残り、中には350年前の地区の耕地図も展示してあります。
古伊万里の小皿や野良着の「しゃっくり」等も知り尽くされているようで、使っていた年代や織り方などたくさんの事を教えていただけました。「拝見させてもらってよかったです」という言葉にこちらが恐縮してしまいました。
一階の屏風や掛け軸、象牙などがいよいよ鑑定になります。「複製です」といわれるのが怖かったのですが「大事にしなさいよ」の一声で胸をなでおろしました。展示蔵構想に益々拍車がかかります。

(2007年 4月21日 )
「なんでも鑑定団」の安岡路洋先生・展示蔵鑑定




釣堀がオープン

 昨年竣工した阿納漁港に体験交流施設「ブルーパーク阿納」がオープン。これから迎える大型連休には大勢の家族連れで賑わいそうです。
 20代、30代の後継者が大勢育ち、養殖漁業と民宿の経営に携わっている全国的に見ても稀な地域で、その若者を中心に「釣って」「料って」「食って」と、その場でさばいて食べることもできる施設ができました。
 釣堀に放流しているのは30センチくらいの真鯛。竿が折れ曲がるほどの手応えで、この日のセレモニーに招かれた小学生も若者の手助けを受けながら歓声を上げていました。
 料金は釣堀が3000円で、貸し竿とエサ代は1000円、調理体験はスタッフの指導付きで1500円。民宿の宿泊客や釣りを楽しむ観光客は勿論、小、中学生の体験学習の受け入れを目指しています。

(2007年 4月12日 )



TV東京取材
「TV東京」で放映されます

 旅番組での収録があり、忙しさと緊張感で疲れが倍増。三日間に及ぶ取材もなんとかこなせてホッと一息。
 山口良一と西山浩司が巡る旅番組で「鯖街道」をテーマに若狭町の「熊川宿」を取り上げたようです。宿泊先に指名いただき数日前から緊張感をもって臨みました。
 夕方5時頃にチェックイン。囲炉裏に座っていただき梅湯と梅甘露煮で旅の疲れを拭い、入浴後はカニとフグの贅沢三昧。冬の旬を味わっていただきました。
 勿論料理がメインになりますが、展示蔵の古文書や野菜園での収穫作業、自然を満喫しての浜辺の散歩と取材も盛りだくさん。
 「熊川宿」をはじめ、芸妓の置屋が軒を連ねる「三丁町」や水産センターに並ぶ鮮魚に感動したりと若狭路のスポットもいろいろと紹介しています。
 放映は12月23日。TV東京「土曜スペシャル」。午後7時からの放送です。ぜひご覧下さい。
 

(2006年 12月11日 )
山口良一氏と西山浩司氏




言葉の壁、気持ちでクリアー

 香港で環境保護督察に勤務する何樹堅さんと李穎欣さん夫妻。釣り好きとグルメ嗜好が相まって三泊四日、日本の旅を楽しんでいただけました。
 オフィースで机に向かうより外を飛び回っている仕事の方が好きだという活動派のご主人は、一時も落ち着くことなく防波堤に出かけては釣りに挑んでいました。たこ一匹で納得せず、次の日は仕掛けを変えて小アジとグレを大量にゲット。煮付けと空揚げに調理したら一先に箸を運んでいました。
 日本文化に触れたいのは奥さんの方が上。ご主人の静止を振り切って、二泊目は日本庭園が一番望める部屋に変わりました。
 土蔵にも興味を示し、古文書を食い入るように見つめ、民具や漆膳などには懐かしさを感じ取ったようです。
 ご主人の筆記と片言の日本語で何とか会話になりましたが、身振り手振りで気持ちは通じたようです。最後に書いた言葉が「辛」と「苦」。「わたしの仕事は9時から5時まで。あなたは・・・」そうです。朝早く、夜遅いのです。同情されました。

(2006年 10月4日 )




スモールボートでのんびり浮遊

 札幌の塚本 隆さん。薬品の販路拡大で全国を駆け巡っているそうですが、車に積み込んだインフレタボートを膨らませて丸々二日間、穏やかな湾内の浮遊を楽しみました。
 2003年に規制緩和され、船外機2馬力以下、船長3メートル以下には免許が不要になり、スモールボートが隠れた人気を得ています。海に降ろす場所探しに思案するそうですが、駐車場から緩やかなスロープがあり砂も硬めで、ここは最適ですと満足げでした。
 風が当たらず波も起たないスポットも見つけたようで、最後の夜、八時になっても帰ってきません。もしやと心配しましたが「仕舞うのに手間取りました」「夕方になって入れ食い状態になって」と釣った魚を差し出し、「北海道には持って帰れません」。釣りよりもボートでの浮遊を楽しんでいるようでした。

(2006年 9月27日 )




ペダルで若狭路探訪

 自転車でやってきた横浜市の宮野 和宏さんと渋谷 斎さん。愛車はドイツ製のBD−1。折り畳み自転車です。随分とコンパクトに折り畳め、キャリア付きのバッグみたいに押したり引いたり持ち上げたり。電車やバスを乗り継いでのご到着です。
米原駅を下車して琵琶湖の湖周道路をさわやかな風を受けながら軽快にペダルを漕ぎ、近江今津からはバスでの移動。熊川宿で休憩を取りながら散策した後、一気に25キロを走破しました。
 年に3回ほど遠出をしてツーリングを楽しんでいるそうで、翌朝は早めの朝食を済ませ元気に出発。三方五湖を周回した後、電車に乗り継ぎ、気比の松原近辺を散策して帰路に。残暑厳しくともペダルを漕げば風がさわやかなのでしょう。笑顔で手を振っていました。

(2006年 8月26日 )




人を結ぶグリーンツーリズム

 「富山の立山まで来たので、めったにない機会、是非とも寄せていただきたい」との突然の電話を受け、大分県安心院町で農家民宿「龍泉亭」を営む矢野俊彦、英子さん夫妻と嬉しい再会です。
 保健所や消防署の許可が必要な民宿と違って、ありのままの農家に宿泊。地酒をあおり、土地の話を聞きながら郷土料理に舌鼓。体験メニューも豊富に取り揃えて修学旅行なんかも受け入れているようです。  2002年の三月に観光連盟の行政視察で訪れ、4軒に分宿。龍泉亭にはわれわれ4人がお世話になりました。役場までおやじさんが迎えに来てくれましたが、家の風呂が狭いからと途中、町内に四ヶ所ある温浴施設でそれぞれ入浴を済ませました。
 石積みの上に建つ本屋は農家特有のどっしりとした木造和風建築。家の脇には宿名の由来にもなる岩清水がコンコンと湧き出るように流れていました。二階の部屋に案内されたのですが子供部屋だったのでしょう本棚に雑誌がそのまんま。ハンガーには冬用の「でんち」が掛けられ、夏には「カヤ」を吊るそうです。
 楽しみにしていた夕食はすべて奥さんの手料理で、ボタン鍋をメインに自家製大豆を使った手作り豆腐など、ここでしか味わうことの出来ない伝承料理の数々。食卓の傍ら、火鉢でカキモチを焼きながらのおやじさんの話も熱が入っています。農泊を始めて、いろんなお客さんと接することにより元気を与えてもらえるようです。
 あいにくこの日、いたやは休館日でしたが隣の旅館で夕食を共にしなつかしさに感激。翌朝は蔵の中を見てもらったりして、はるばる大分から訪ねて来てくれたご夫妻と心に残る嬉しいひと時でした。

(2006年 7月21日 )




梅もぎで自然満喫

 梅雨入りと同時に梅の収穫シーズンを迎えました。今年も大勢の方が梅もぎに挑戦。新緑の自然を満喫しながら気持ちのいい汗をかいていました。
 京都山科の塩谷信雄さんは来館回数29回の常連さん。電気工事業や塗装業を営んでいましたが、今はのんびりと孫の守り。もともとアウトドア思考で田植え体験にチャレンジしたこともあります。
 梅もぎは恒例になり、この日も居酒屋「瑞鳳」の常連さん17名で60キロ余りの梅を収穫しました。梅酒や梅ジュースに加工するそうです。奥様方は山菜採りにも挑戦して山ブキやワラビを摘んでいました。一汗かいた後は入浴と冷えたビールが待っています。いつもの飲み友達ですのでにぎやかな昼食会になりました。

(2006年 6月22日 )






まだまだハンドル放せません

 宇治市の福嶋昌子さん。昭和三年生まれの77歳でバリバリの現役ドライバー。41年に免許を取ったそうで奇しくも当館の創業年と同じ40年の運転歴を誇ります。月に一度は30分程離れた八木町にあるご主人の墓の守りに出かけるほか、毎日ハンドルを握らない日はないそうです。今日は同僚二人を乗せて遠出。さすが到着時には「腰が痛い」と足を投げ出してお茶をすすっていました。
 84歳の広瀬はるえさんもこれまた元気ばあさん。sky歴史ウォーキング会に入会して月一回の案内を楽しみに、先日は長岡京市の仏閣見学ウォークに参加したそうです。年老いて益々元気な女性パワーです。

(2006年 6月16日 )






しあわせゲット!!

 大型ダンプで運送業を営む、清水崇司さんが友人の紹介で知り合った優子さんと一年余りの交際を経てゴールイン。披露宴はコンパクトだが、つかんだ幸せは超ド級。痩身の美人、優子さんを伴って得意満面、笑みが絶えません。
 近年になって、結婚式を神前や仏前で執り行い、質素に披露宴をというお客さんが年間数組ですがお手伝いさせていただけるようになりました。ホテルでのシナリオ通りの派手な披露宴より自分流、オリジナルな形を望むようになったのかもしれません。40年前にトンネルが出来るまでは陸の孤島。花嫁衣裳にモンペを履いて山越えしたり、船に乗って嫁入り、披露宴は盛大に夜を徹し、村中が祭りのような雰囲気だったそうです。蔵の中に朱塗りの漆膳が展示してありますが、大正七年に新調し30脚。勿論金屏風に三々九度の杯も。文金高島田で昔ながらの披露宴を30人限定でとなると、今の若者に受けるかも知れないですね。どなたかコーディネートしてください。

(2006年 5月21日 )






お絵描きで地方行脚

 千葉市幕張の齋藤進一さん、良子さん夫妻は年に二回、いろんな地方に出向き油絵のスケッチを楽しんでおられますが、今回、4泊5日の日程で若狭小浜を訪ねていただけました。
 スケッチ行脚を始めて20年余り、建築会社に勤務しながら5月の連休や夏休みを利用して地方を回り、平成元年と九年には銀座の画廊を借り切って個展を開催。現場を駆けずり回りながらよくぞまあと同僚も驚かれたようですが、リタイヤ後はそれこそ気の向くまま。運転手役の良子さんは、スケッチの間、手持ちぶたさで車の中で昼寝したり、近くを散策したりといたって気楽トンボ。三回目の個展を是非と応援だけは忘れていないようです。小浜港の船溜まりとエンゼルラインからの市街地遠望、勿論、忘れてはならない300年の老松も今回のモチーフになりました。

(2006年 5月13日 )






春風受けてツーリング

桜の花も名残がチラホラ、嵐になったり肌寒かったりで、花見の時期を逸した方も多いのではないでしょうか。滋賀県草津市のツーリングクラブ「あひるの会」のメンバーが春の風を満喫しての日帰り旅行です。春は「花見」、秋には一泊旅行と毎年計画し、この日はメンバー30名のうち半数の15名が参加して、オートバイ9台と乗用車2台で訪れてくれました。琵琶湖、湖西から鯖街道を抜け、昼食後は山の尾根を走る、広域基幹林道を終点の若狭町までのコースで春のツーリングを楽しみました。林道からの若狭湾の眺めは絶景で真下に見える漁村集落と背中合わせの里山の風景は好対照で目を楽しませてくれます。

(2006年4月23日)




浦辺海道の撮影スポット

 小浜での撮影スポットを教えてくださいとの連絡を受け、湾内に点在する漁村集落のひなびた田舎の原風景や大陸文化の影響を色濃く残す漁村文化にスポットを当てていただけないかとお願いしての撮影会が催されました。
 東京の医歯協写真同好会のご一行、かなり高齢の方が中心でしたが数台のカメラと三脚を抱え、おぼつかない足元でスポットを探し当てしきりにシャッターを切っていました。若狭小浜には古社寺や街並みなど素晴らしいものがいっぱいありますが、別の角度からいいものが発見できますよと提案したところ即、決定し昨年は台風でキャンセルになったにもかかわらず再度挑戦していただけました。
 矢代区ではたもの巨木、苔むした石積みの護岸、子安観音。田烏区では棚田、神社のケヤキ、二条院讃岐を祀った明神さんなどを案内しましたが、定置網をポンプで放水して洗っている漁師さん夫妻を見つけるとシャッター音が轟きました。そこで暮らす人々の生活の鼓動が聞こえてくるような姿が一番のスポットのようでした。

(2005年 10月10日 )




水平線に沈む夕日

夕日の撮影をしたいのでスポットをというので真向かいの田烏集落を案内させていただきました。ここでは小浜市内では唯一水平線に沈む夕日が見られます。
兵庫県社町のフォトクラブ「ケヤキ」は社町文化連盟に所属し愛好家22名の会員が活発な活動を展開しています。この日は会員6名が宿泊して撮影に出かけました。あいにく時期が遅くわずかに久須夜ケ岳にかかってしまいましたが夏至までの7月頃が絶好の撮影チャンスで礁岩をかすめてきれいに水平線へと沈んでいきます。
又、棚田はニュースでも紹介していますが春の田植えシーズンにはものの見事に土手が刈り込まれ、漁師の村でわずかな耕地に対する執着心、愛着心を感じ郷愁を誘います。今では懐かしい「ハサ掛け」の様子を捉えていただけました
(2005年 8月31日 )




霊峰青葉山を征服

松下電器山岳会の皆さんが若狭富士と呼ばれる青葉山登山を敢行。梅雨の真っ最中、雨が心配されましたが急な坂道や馬の背の岩場も山の経験豊富なメンバーばかりで全員が元気に松尾寺まで下山しました。
メンバーの年齢は56歳から75歳と幅広く、山とスキーを愛する会員の親睦を深めるため年間に数回例会を開催し、この日は北陸例会として17名が参加しての山歩きです。いたやオリジナルの「梅まぶし」のおにぎりを弁当に登山口の中山寺までマイクロバスで送らせていただきました。当初、2000年9月既報の蘇洞門への山歩きを計画したそうですがエンゼルラインが通行止めのため断念。山歩きをして波の音を耳にする類まれなトレッキングコースですので次回には是非とも実現してほしいと願っております。
記念スナップは青葉山西峰山頂での征服感に感動している面々と若狭おばまの観光では欠かせないお水送りのお寺で知られる「神宮寺」での一コマです。
(2005年 7月3日 )




トンネルを抜けると梅や柿の果樹園が広がっていますが、その土手に真っ赤な彼岸花が縦横のラインを描きながら咲き誇っています。
お水送りで知られる神宮寺参道の彼岸花はテレビや雑誌で紹介され多くの参拝者に感動を与えてくれていますが、自然一杯の野に咲く彼岸花。空の青と緑の山々に映えて素晴らしい景観です。
(2004年 9月20日 )




大阪堺市の西尾 仁志さん(42)が素潜りでヤスを駆使して20センチ超のアコウ二匹をゲット。夕食の時に炊いてほしいと調理場にやってきました。
スーパーで買って炊いてみたがおいしくなかったそうですが、今日は自分が捕らえた魚ですからご満悦の様子。もっと大きいのがいたのですが取り逃がしましたと苦笑い。
心臓の手術をしたそうで胸を切開した大きな傷跡。潜っていると聞いたら医者もびっくりするでしょうねと好きなことは誰にも止められないようです。
(2004年 9月4日 )


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